1日目(2016.5.18~19)万平ホテル
本館アルプス館128号室
案内されて128号室に入りしばらくはウキウキワクワクと写真を撮ったり動画を撮ったりしましたが、ジョンとヨーコさんのお部屋だったとしても私たちの荷物を置いてソファでごろんと横になったり、ベッドで横になっているとお家にいるみたいになっていきました。
それほどに華美な部分の全くない落ち着いた雰囲気のお部屋でした。
部屋には軽井沢彫の素敵なタンスがありました。
引き出し4段全面桜の木模様で引き出しの取っ手部分は桜の木の枝の曲線になっており、その粋な職人技は日本的で素晴らしくすっかり魅了されてしまいました。
古いものなのに引き出しはスムーズで、引き出しを開けて、ここにはジョンのTシャツを入れたかもね、この小さな引き出しは靴下かなと独り言を言いながら、引き出しを開け閉めして、軽井沢彫り部分をなでなでして遊びました。
ベッドルームには鏡付きのアンティークなタンスもありました。
福岡で例えていうなら、北九州市八幡にある旧松本邸や飯塚市の旧伊藤伝衛門邸にあるような感じの家具です。(例えがいちいち福岡臭い)
ちょっとしたデザイン、装飾が素敵でした。
そしてやっぱり一番目を引くのは、ベッドルームとリビングスペースを仕切る格子戸。複雑で美しい擦りガラスの格子戸はずっーと見てもあきない美しさでした。
このガラス格子戸とカーテンを閉めることにより、ワンルームなのですがベッドルームとして完全に仕切ることができ、昼間でもゆっくりと落ち着いた雰囲気でよくねむれる感じになります。
ベッドに座ってパチリ。ベッドからの眺め。
ジョンはこの128号室は寝室として使っていたらしく、ほとんどの時間を小野家の別荘で過ごし、昼間でもふらっと帰ってきて128号室で眠っていたらしいです。
ベッドに横になるとベッドルーム中央の丸い擦りガラスのかわいい桜柄の照明がほんのり優しく照らし、ホッとする雰囲気を作っていました。
お風呂は猫足のお風呂でした。お風呂で足を伸ばしてねると足の先がお風呂の端まで届かなくて沈んでしまうくらい幅が長かったです。
レトロな雰囲気ですが、壁は何度も塗り替えられた跡が見られ、シャワーや洗面台、水道は現在の使いやすいものになっていました。
アメニティの石鹸、シャンプー、トリートメントはアメリカ製と書かれ、石鹸の匂いがアメリカっぽかったです。(行ったことないけど)
さぁ、フランスベーカリーのフランスパンで夕食タイムとしましょうというわけで、室内のポットでお湯を沸かし、コーヒーを淹れて・・・
食べる前に128号室とフランスパンのコラボ写真撮影会でしばらく遊んだ後、
ジョンのフランスパンをかじりました。
ハード系フランスパンで外側はパリッパリで中はふわふわというより重みがありどっしりした感じで私の好きなハード系パンで気に入りました。
そして、私たちの今回の軽井沢旅行で一番のイベントでもある万平ホテルのバーへ向かいます。
あの方いるかな~
万平ホテルのバー
万平ホテル1階にひっそりとそのバーはあります。あまりに何げなくて通り過ぎてしまうくらいです。私にはどうしても古き良き時代の昭和の床屋さんのドアに見えてしかたなかったです。
OPENになっているけど、本当かなというくらいの静けさ、ひっそり感。
思い切って、ドアを開けると・・・
あっ、いらっしゃる~そうあの方がいらっしゃるじゃないですか。良かったよぉ~と心の中でそぉっと万歳三唱と花吹雪をまき散らし拍手喝さいを受けながら、カウンターの席に座りました。
そしてメニューを渡されて、
お酒の種類ってこんなにあるんだとびっくりするほどの冊子状のメニューを娘はパラパラめくっていましたが私はお酒なんて全く飲まないのでさっぱりわからないので、とりあえず正直に
「普段飲まないので・・・」というと
「では飲みやすい甘いカクテルを作りましょうか?もし飲みにくかったらおっしゃってくださいね。作り変えますから」
とおっしゃってくださいました。
娘はメニューをぱたんと閉じて、「〇〇ありますか?」とたぶん好きなお酒の名前を言い
「ありますよ」と言われると「じゃ、それで」と娘は慣れた感じでした。
お酒を作っていただいている間から、さぁ楽しみにしていたお話の時間です。
そうです。お酒を飲みにきたんじゃないんです。小澤さんに会いにきたんです。
小澤さんこそジョン・レノンに実際に会って、ロイヤルミルクティーのレシピをジョンから聞き、作って出した方、小澤さんこそがジョンの子猫救出事件のそばにいた方です。
ジョン・レノンのゆかりの地をめぐるために福岡から来たことを話すと、
1977年5月に入社してその年の夏のジョンに会ったこと。
1977年78年79年と3年間来て、1980年の夏にも予約が入っていたけど、来なかったこと。
1977年にヨーコさんのお母様から電話があり「私の娘と婿がいきますからよろしく」とのことで小野家の親族の方が来られるという認識しかしていなかったら、赤帽で大きな荷物が届き、なんと娘の婿とはジョン・レノンだったこと。
カフェテラスでロイヤルミルクティーを作ってほしいというので、ジョンのレシピ通りに作ったこと。
「当時はメニューにはなかったけど作ってほしいって言うんだもん。作るしかないでしょ。」
と小澤さんはこんな感じで親しみやすく面白くチャーミングに話されました。
ジョンのレシピは今のカフェテラスのロイヤルミルクティーよりもあっさりしていて、チャイみたいな感じで美味しくなかったこと。
この時に、小澤さんはジョンが言ったとおりに言ってくれたんですが
「ミルクを沸かして沸騰する前に火を消して・・・・」
う~ん、覚えていない。録音しとけばよかったなぁ~
ジョンが亡くなって、メニューにする際に改良して美味しくしたこと。
ジョンが子猫を助けたいと言った時、夜だったので明日にしましょうと言うと、
ジョンは明日じゃ遅い、今助けないと死んでしまう、友達にカーペンターがいるから壁の修理は大丈夫だから助けさせてくれと言ったこと。
その当時、洋子さんの別荘のベランダを修理していて大工さんが来ていたこと。
その年の万平ホテルは猫がたくさんいて困っていたこと。
ジョンは子猫3匹を自分の部屋に連れて帰ったこと(128号室です)
そして東京に子猫を連れて帰り誰かに渡したこと。
そして万平ホテル近くの洋子さんの別荘の場所を詳しく教えてくださいました。
なんだか行ける自信がなくて不安げにしていると、
「書いてあげるね」と地図を書いてくださいました。
教えていただけるとは思ってなかったので本当に嬉しかったです。
「明日はどこに行くの?」
「明日は見晴台に行きます」
「見晴台に見晴亭っていうお蕎麦屋さんがあるから行ってみて。ジョンが行っていたところだから」
あっ・・ジョンの写真集でお蕎麦やさんの写真があった!あの写真のところなんだ。と思いました。このお蕎麦屋さんを教えてもらったことも大きな収穫でした。
それからバーに来たいろんな芸能人の話。
内田裕也が酔っ払ってきて、10万円をチップだと言って渡して帰ったこと。後日事務所の方に連絡して10万円を返したけどその中から3万円いただいたこと。
バブル時代は給料よりもチップの収入の方が多かったこと。
チップ?
日本でも万平ホテルはチップを渡す制度があるんだ。
どうしよう・・・・チップチップチップチップ・・・
あぁチップチップチップ・・・
どうしよう・・・チップチップ・・・
私の頭の中で繰り返す「どうしようチップ」
そして私の結論は
「知らんぷりしよ~っと」でした。
だって日本だもんね。チップとか渡したことないし、わからないし。
「夕食はどうしたの?」
あぁ・・その質問つらいよ。フランスベーカリーのパンだけしか食べてないもんね。
娘が言う。「フランスベーカリーのパンを食べました。」
「えっ?あそこのパンよりも〇〇の方が美味しいじゃん。パンしか食べてないの?お腹すくでしょう?」
「たくさん食べたので大丈夫です。」(悲しい答え)
「近くの居酒屋教えてあげるね。歩いて10分くらいで行けるから」
「明日の朝食はどうするの?」
「カフェテラスでロイヤルミルクティーとアップルパイを食べます。」
「あっ、それいいかもしんない。」
あ~良かった。
「アップルパイとチーズケーキにして半分ずつ食べたらいいよ。チーズケーキ美味しいから。上にね、イチゴのってるんだけどそのイチゴ一個いくらすると思う?」
「一個200円もするんだよ。」
「へぇ~」
だんだん自分たちが場違いなところに迷い込んでしまった、夕飯にパンだけしか食べない可哀想な母娘な気がしてくる。
翌日カフェテラスのレジ横のショーケースに入っているチーズケーキを見ましたが、私が予想していた真っ赤な大きなイチゴではなくて普通のイチゴがのっていました。あれが一個200円するんだ。びっくり!
そして小澤さんの九州まで車で行った2週間の旅行の話、軽井沢大雪の時の話、お客さんの話・・・いろいろ面白い話を聞かせていただきました。
そして3人の男性のお客さんが来られ、そろそろ帰らなくちゃ・・・でも小澤さんと一緒に写真撮ってもらいたいな・・
お客さんの応対が終わったら一緒に写真を撮っていただけませんか?って言おう。
そして、写真撮影会。写真を撮ってもらうために一人呼んできてくれて、ジョンのフィギアを持ってきてくれてこれも一緒に撮ろうねって。
そしてたくさん撮ってもらいました。
小澤さんがジョン・レノン関係で取材を受けた雑誌を抜粋したものをファイルしたものを持ってきて
「これ、読む?帰りにフロントに返したらいいから。」
「ありがとうございまーす!」
そして帰ることに。
あっ・・チップ・・・どうしよう・・・
私の心配もよそに
「チェックアウトの時に一緒にドカンって支払ってね。」
と・・・でも小澤さんの優しい微笑みの中に高くないよと言っているのがわかりました。
「あっ、お腹すくでしょ?これ食べない?」
と小澤さんの手に大きな八朔みたいなミカンが。
(でも、皮どうやって剥くの?)
という顔していたらしく、
「あっ、皮剥いててあげるね。」
と奥に行って、きれいに皮を剥いてくださり、
「はいっ」と渡され、
「ありがとうございまーす!」
翌日、チャックアウトの時に支払ったバーの金額は二人で2733円でした。安い!
万平ホテルのバーのファンのみなさん、小澤さんのファンのみなさん、1時間半に渡り小澤さんを独占して、お酒を一杯しか飲まないで、写真撮ってもらって、ミカンもらって、ファイル貸してもらって、ジョンの貴重なお話しを聞かせてもらいました。ごめんなさい。
カフェテラス
洋子さんの別荘の散歩から帰り、9時半オープンすぐにカフェテラスに入り、ジョンが気に入って座っていたという端の席に座り、ジョンが見たであろうカフェテラスからの眺めを楽しみました。
ジョンお気に入りの席は窓際で客席に背を向けられる目立たない場所
ジョンお気に入りの席からの外の眺め(万平ホテル玄関ロータリー)
ジョンがロイヤルミルクティーが飲みたいと言ったおかげでメニューになったロイヤルミルクティとアップルパイ。娘はロイヤルミルクティーとレモンケーキを注文しました。
小澤さんが美味しいよと教えてくれたチーズケーキはメニューにはなかったので。レジで支払いのサインをしている時にテイクアウト用のガラスケースに並べられたチーズケーキを見つけました。例の200円のイチゴがのっていました。
さぁ、いよいよロイヤルミルクティーをジョンが好きだった場所で飲むときが・・・
ロイヤルミルクティー、すごく美味しかったです。
今までも飲んだことがないし、これからもあんなに美味しいロイヤルミルクティーは飲めないだろうと思いました。
資料室
ジョンがこのピアノがほしいと言ったというピアノが展示している資料室です。
当時ピアノはバーに飾っていて、飾っているだけじゃなくて、ジョンは自分が持ち帰って直して弾くから譲ってほしいと言ったそうです。
ピアノにはこのような装飾があり、これも軽井沢彫のようでした。私の推測ですが、万平ホテルの家具の制作に携わっていた一彫堂がYAMAHAと一緒に制作されたものではないかと。ジョンもきっとこの部分の装飾に魅かれたことでしょう。
そのピアノは資料室奥においてあり、ジョンについての説明書きもありました。
資料室にあるものの中でジョン・レノン以外のものは興味がなかったのでよく見ていないのですが、古い宿帳には三島由紀夫の文字、そして美しいカリグラフィの筆記体で書かれた英字があり、昔の人が書いた英字の筆記体のサインの美しさをしばらく眺めていました。
インテリア
万平ホテルの通路など、いたるところに一彫堂の軽井沢彫の家具が置かれていました。部屋にある軽井沢彫の桜柄のタンスに魅了されていたので、ここにも、ここにも、とたくさんの素敵な軽井沢彫の物を見つけることができました。
売店のレジ横にあるお金の受け渡し用トレーも桜模様の軽井沢彫でした。
売店には一彫堂の軽井沢彫のお皿や写真立てが売ってありましたが私には高価で1300円のペンダントを自分のお土産用に買いました。
これを見ると万平ホテル内の一彫堂の家具を見ることができます。
他に通路で目を引いたのはステンドグラスでした。アルプス館へ向かう階段上の亀模様のステンドグラスは明治時代万平ホテルが「亀屋ホテル」であったことがわかります。
ロビーに置かれた椅子は座るのにためらうほどの彫刻でほどこされたものがあったり、古いものを丁寧に使っている感じが素敵に思えました。
万平ホテルの快適さとは何か
私たちのようにジョン・レノンの常宿だったから泊まりたいとか、
例えば子供の頃に家族で泊まった思い出深いところだからとか、
ジブリ映画が好きで「風立ちぬ」の中でのホテルのメインダイニングのモデルになったからとか、そんな人それぞれの思いがあれば、感慨深く、心豊かに過ごせる場所でしょうが、ただ快適さだけを求め、古い美術品にも興味がない人にとっては万平ホテルの良さは何もわからないのではないかと思います。
数時間ですが、万平ホテルで過ごしたことによって、古くて良いものを修理して丁寧に使うことの良さを少しだけですがわかったような気がしました。
5月というのに寒くて、部屋の暖房をつけっぱなしにしていました。
朝、洋子さんの別荘へ散歩に行ったのですが1階フロアには数台のストーブがつけられ、懐かしいストーブの匂いがしていました。
軽井沢の朝晩の気温の低さには驚いてしまいました。
万平ホテルには一泊だけでしたが、その後二泊したところとは比べものにならないほどに寒かったです。(エアコンで暖かく過ごせましたが)
昔の暖房時の換気のため?上部は引き戸になっていました。
ドアノブ上部の注意書き
万平ホテル周辺の別荘地
朝、カフェテラスのオープンの9時半まで時間があるので、前日に小澤さんから教えてもらった洋子さん(小野家)の別荘までお散歩に出かけました。
別荘の敷地内の雰囲気はどれも同じ感じなので
道に迷いそうになりますが、すぐにわかりました。
背丈の高い木々と広い敷地の地面には木漏れ日が降りそそぎ、多種多様の緑のコケやシダで覆われ、自然なままなのに美しい。
私が住んでいる福岡では誰も住んでいない家の敷地内といえば、セイタカアワダチソウなどの雑草で汚い感じになってしまうので、不思議に思いました。
ジョンの軽井沢滞在中に一番時間を過ごしたと思われる場所に自分もいることが嬉しくて、ずいぶん長い時間見つめていました。
それは正にアルバム「ジョンの魂」のレコードジャケットの雰囲気で、万平ホテルからの近道はリバプールのミミおばさんの家からストロベリーフィールドまでの道のように思え、
美しい自然そのままの緑の中の別荘の道はリバプールな道に思えました。
ジョンがギターを弾き、ショーンくんと遊んでいた様子を見ていただろうたくさんの木は今春も新たな美しい緑の葉に生まれ変わって生き生きとしていました。
そんな木々をいつの間にか嫉妬にも似た感情で眺めていました。
近くに敷地内の木から落ちたどんぐりがたくさん落ちていました。
数個を拾ったので家に帰って育てるつもりです。
洋子さんの別荘から万平ホテル裏に行ける近道発見!ここジョンも通ったはず。
万平ホテル側から洋子さんの別荘へ近道。