ジョン・レノンゆかりの地をめぐる軽井沢の旅

ジョン・レノンは1977年から1979年まで毎年夏に軽井沢に訪れていました。そんなジョン・レノンの足跡を追いながら軽井沢をまわってみたいと思っていました。遅ればせながら今年2016年5月に軽井沢に行くことができました。

ニューヨーク旅行記ーダコタハウス 2017.6.14.

2017年6月11日から18日、6泊8日でニューヨークに行ってきました。
夫の退職の機会を利用して、再就職までの20日間の休暇を利用して、夫と二人ニューヨーク旅でした。


ニューヨーク旅行定番の自由の女神エンパイア・ステートビルトップ・オブ・ザ・ロック、メトロポリタン美術館、5番街、などの他にもちろん、ジョン・レノンが住んでいたダコタハウスイマジンの記念碑のあるセントラルパークのストロベリー・フィールズ、エルトン・ジョンとジョン・レノンがステージの立った、マディソン・スクエア-・ガーデン、ジョン・レノンがダコタハウス前に住んでいたグリニッジ・ビレッジのアパート、ビートルズがコンサートをしたカーネギーホールやシェアスタジアム後のシティ・フィールド、そして、グリニッジ・ビレッジのボブ・ディランのアルバム「Freewheelin」のジャケット写真の場所、ボブ・ディランが住んでいたアパート付近
なども行ってきました。


ニューヨークの地下鉄
 ニューヨーク滞在中は7日間乗り放題のメトロカードで地下鉄だけで移動しました。
地下鉄の階段を下るのを躊躇したくなるほどの、汚さ、もわっとした違和感のある臭い、地下鉄の薄暗さ、その隅に横たわるホームレスの人影、冷房の効いてない地下鉄のホームに待つ人々はスーツにネクタイのビジネスマンや映画に出てきそうな女優さんのような人もいたし、その他普通のさまざまな人種のさまざまな人たちであふれていました。
 地下鉄に乗りこみ、座る席を探していると、足をきゅっとすぼめて「ここに坐れば」と目配りをしてくれる人、緊張しているだけにそんなささいなことにホッとし、そんな小さなことの積み重ねが徐々にニューヨークにいる緊張感を溶かしてくれました。


ダコタハウス
 ニューヨークで一か所しか行けなかったとしたら、私は迷わず「ダコタハウス」を選んだでしょう。ジョン・レノンが住んでいた場所であり、ジョンが亡くなった場所。
 ジョンはダコタハウスの最上階の数件分を所有していたようです。そこからの眺めはセントラルパークが一望できて素晴らしかったことでしょう。

横断歩道を渡って、セントラルパーク側から


ビートルズ世代の夫婦が警備員に「ここでジョン・レノンが撃たれたのですか?」と尋ねていました。

セントラルパークの観光自転車の馬車的なもの。ダコタハウス前で止まり、「ここがジョン・レノンが撃たれた場所です」と説明していた。

この門の少し入った所でジョンは撃たれて亡くなりました。
しばらくこの付近にいました。
警備員さんに英語が話せたら何か尋ねたのですが、何も話せませんでした。

このダコタハウスの地下はなんと地下鉄BC線の駅になっていました。
BC線はハーレムに続く線で、乗っている人もちょっと感じが違っていました。

ダコタハウスをぐるりとこの装飾で囲んでいました。下の地下ドア付近は工事中で古い建物なので何度も改装されているんだろうと思いました。





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