ジョン・レノンゆかりの地をめぐる軽井沢の旅

ジョン・レノンは1977年から1979年まで毎年夏に軽井沢に訪れていました。そんなジョン・レノンの足跡を追いながら軽井沢をまわってみたいと思っていました。遅ればせながら今年2016年5月に軽井沢に行くことができました。

ネット上のジョン・レノンの嘘の写真や音源、そして・・

1980年12月9日午後に日本にジョン・レノンの訃報が届きました。私は仕事中で9日は忘年会があり、深夜に帰宅しテレビもラジオも聞かないまま就寝、翌日10日早朝に新聞もテレビも見ずに出勤、(この時両親は知っていたはずなのですがジョン大好きの私に伝えることができなかったのでしょう)そして職場で先輩の一言でジョンが撃たれたことを知ることになりました。


私がジョンの死を知った12月10日は私の中でのジョンの命日となりました。
8日が現地時間での命日、9日が日本時間での命日、10日は私一人の命日です。ジョンのことを想う三日間となりました。
昨日12月8日はSNSにはジョン・レノン命日に関する投稿であふれていました。facebook、Twitter、Instagramで。


見なければいいのですがつい見てしまいスルーできずに・・・


そして心が痛くなり辛くなり、facebookのビートルズの4000人もの会員がいるグループを脱会しました。


そこには12月8日の真珠湾攻撃の日(日本時間)とジョン・レノンの命日(現地時間)を勝手に関連付けて語る人、ジョンの死は運命でジョンもわかっていたという人、私はそんな一言一言に傷つけられていきました。


そしてジョン・レノンのたくさんの写真を合体して作られた画像にはジョンではないよく似たギターを手にした他人の子供の写真が混じっていました。一目で違うとわかるのですがこの写真はジョンだと出回り過ぎていて信じている人も多いのです。


その他写真を自分で上手に合成して、こんなの見つけました!って載せる人もして、なぜか信じる人も多くいるのです。


youtubeにはレア音源として、1970年代後半にジョン・レノンとポール・マッカートニーが一緒に歌っているものが(他人が似せて歌ったもの)あり、コメント欄にはお礼をいう言葉が並び、うんざり。


1980年ジョンは毎年行っていた軽井沢へは行かずに、南アフリカに1人で旅行に行ったり、バミューダにショーンと行ったりしています。そしてレコーディング。


ジョンは主夫生活をやめて、1980年に久しぶりにアルバムを発売して、1981年から人生の後半をスタートしてやる気満々だったのです。



突然、他人から無理矢理に命を奪われたのです。


運命なんかじゃないのです。


病気でもないのです。


交通事故でもないのです。


自然災害でもないのです。


他人から殺害されたのです。


今、私がこうやってパソコンを打っている時に誰かが突然部屋に入ってきて撃たれて今私が死ぬようなものです。


Imagine 想像してください。ジョン・レノンの死がどんなに悲惨な死であったかを。

Watching The Wheels - John Lennon










ハッピー・クリスマス ジョン&ヨーコ

今日、ふと思い出した。


確か1972年にこのシングルレコードを買ってから、毎年クリスマス時期に一人でこのレコード聴いていたなって。


それでいつかこの曲がクリスマスソングの定番みたいになったらいいなって思っていたんだって。


ヘッドホンで聴くと、最初のささやく声が聞こえるからヘッドホンで聴いた。


「ハッピー・クリスマス、キョーコ ハッピークリスマス ジョニー」って聞こえてた。
(本当はジョニーじゃなくてジュリアン)


好きな曲だけど、クリスマス時期しかやっぱり聴かなくて、そして


いつか、この曲がクリスマスに街中で流れたらいいな


って思っていた。夢の夢だよねって思っていた。そんな日がくるはずないって思っていた。そんな70年代だった。


そう、あれからだ。クリスマスソングの定番になったのは。


街中で聞いても嬉しくなかった。嬉しくないから忘れていたんだ。


今、街中でジョンとヨーコの「ハッピー・クリスマス」が流れているのは、あの時の(1970年代の)延長線上にないからって思っているからだ。



だから、街中で「ハッピー・クリスマス」が聞こえてくると、ちょっと悲しくなるんだな。って今日わかった。



So this is Christmas- John Lennon.








10月9日のこと

10月9日はジョン・レノンの誕生日だ。
そして、私の父の命日でもある。今年は父の七回忌だった。


昨晩から今朝にかけて、一羽の鳩が私の寝室のベランダの室外機の上にじっと動かないでいたのだが、もしかすると父が鳩になって私に会いに来たのかもしれないと思った。


この写真は1995年アンソロジーの時にポールとジョージとリンゴが再結集して、「フリー・アズ・ザ・バード」のレコーディングの頃、ポールの家の庭でポールとジョージとリンゴが写真を撮ろうとした時に白い孔雀が突然現れて、写真に納まったという。


この三人の写真には明らかにジョン・レノンが足りない。ジョンだって入りたいはずだ。
白い孔雀はジョンに間違いない。
アルバム「アビイ・ロード」の白いスーツのジョンと重なる。



1960年生まれが私、1940年生まれがジョン・レノン、1930年生まれが私の父、10月9日はジョン・レノンの誕生日であり、私の父の命日、10月9日はジョン・レノンの息子のショーンの誕生日でもある。そして私の娘は私と同じ誕生日であり2月25日でジョージ・ハリスンの誕生日。別に何の関係もないけど、不思議な気がする。


ジョン・レノンが生きていたら77歳。
私はジョンよりも17年も長生きしてしまった。
10月9日に誰もが「HAPPY BIRTHDAY JOHN!」っていうけど、


私の父の命日でもあるからなのか、40歳で突然命を奪われてしまったジョンの無念さを改めて感じて、胸が苦しくなる今日なのです。