2021年公開映画「Get Back」の特別映像を観ての感想
パソコンの前に座ると他の作業があったのも忘れて、何度も何度も繰り返しリピートして見てしまうこの映像。時間の許す限り観てしまう。 ちょっと観るのをやめて、今のこのグワッ~と心に吹き荒れる嵐のような感情を文章に残しておきたい。 初めて見る映像。久しぶりにジョンに会った気がする。ジョージに会った気がする... 続きをみる
ジョン・レノンは1977年から1979年まで毎年夏に軽井沢に訪れていました。そんなジョン・レノンの足跡を追いながら軽井沢をまわってみたいと思っていました。遅ればせながら今年2016年5月に軽井沢に行くことができました。
2021年公開映画「Get Back」の特別映像を観ての感想
パソコンの前に座ると他の作業があったのも忘れて、何度も何度も繰り返しリピートして見てしまうこの映像。時間の許す限り観てしまう。 ちょっと観るのをやめて、今のこのグワッ~と心に吹き荒れる嵐のような感情を文章に残しておきたい。 初めて見る映像。久しぶりにジョンに会った気がする。ジョージに会った気がする... 続きをみる
今朝5時頃起きてすぐ、突然、1980年12月5日から8日までの気持ちを鮮明に思い出して、曲を作って歌いたくなり、あっという間に作って、9時にはYouTubeにUPしていました。 1980年12月10日に私はジョンの死を知りました。 そのショックが強すぎて、忘れてしまっていた、心待ちにしていた... 続きをみる
この写真は私の娘が「想い出のフォトグラフ」のイントロを聞いてスマホを構えたらリンゴが指さしてくれた~!という写真です。 とりあえず、2019年3月27日福岡のリンゴ・スターの記憶を書いておこう。 福岡サンパレスから博多駅まで息子と娘と三人で歩きながら、私の頭の中は1980年代前半のディスコミュージ... 続きをみる
Freshen Up Japan Tour 2018.11.8.ナゴヤドームの私
注意:ポールのコンサートの写真も動画もありません。ただの長文です(笑) 今まで幸運にもアリーナ席で観ることができていました。 今回はスタンド席。 Let It Beで満点の星の一つとなり、ポールからBeautifulと言われる小さな星の一個にもなれず(スマホを操作できなかった。もたついてLet I... 続きをみる
ポール・マッカートニーが今日本にいる。 東京にいて、昨日リハーサルして、今日初日。 体調も良さそう。 今日、どうかポールが体調崩さないで歌えますようにとみんな心の片隅で思っていることだろう。 1975年、私が中学生の時、ポールは日本公演を行うはずだった。訪日直前になって法務省によりマッカートニー夫... 続きをみる
オノ・ヨーコさんがすごいなって思う時がある。 私はきわめて凡人であり、The 庶民であるから、ヨーコさんの芸術的なことは全く理解できないし、ヨーコさんの音楽もまともに聞けない。 ジョン・レノンが好きなのにヨーコさんの芸術性を理解できないなんてジョンファンとして失格である。 しかし、ヨーコさんがいる... 続きをみる
「Maybe I'm amazed」が歌えてないことがちょっとさびしくなっても そう、久しぶりに実家に帰省した時に両親の背中が小さく見える時、さびしくなるみたいに でも、ポールが日本に来て、一緒に楽しもうよって言ってくれるんだから、会いに行かなくちゃって思う。 ナゴヤドームのチケットを買った。格安... 続きをみる
ポール・マッカートニーが日本武道館でAnother Girlを歌うの観たかったんだよね
そろそろポールが日本に来るよねと思っていたけど、今年の秋とは思ってなかった。 そして、いつものように私の心はざわつき、お金の価値について真剣に考える毎日を過ごすこととなる。 スーパーで必ず買う物の一つである、万能ねぎを買えないこの頃である。 一束100円の万能ねぎが298円となったことで買えなくな... 続きをみる
1980年12月9日午後に日本にジョン・レノンの訃報が届きました。私は仕事中で9日は忘年会があり、深夜に帰宅しテレビもラジオも聞かないまま就寝、翌日10日早朝に新聞もテレビも見ずに出勤、(この時両親は知っていたはずなのですがジョン大好きの私に伝えることができなかったのでしょう)そして職場で先輩の一... 続きをみる
今日、ふと思い出した。 確か1972年にこのシングルレコードを買ってから、毎年クリスマス時期に一人でこのレコード聴いていたなって。 それでいつかこの曲がクリスマスソングの定番みたいになったらいいなって思っていたんだって。 ヘッドホンで聴くと、最初のささやく声が聞こえるからヘッドホンで聴いた。 「ハ... 続きをみる
ポール・マッカートニーのことは誰でも天才だって思っていると思うけど、すごく身近に「うわぁ、ポールってやっぱすごいよ。」と思う時がある。 バッハの曲が300年経っても世界中で演奏され、愛されているようにビートルズの曲も300年後も演奏され愛されていると思う。もちろんそのことだけでも天才というに十分だ... 続きをみる
ニューヨーク旅行記ー2017.6.11.~18. ニューヨークの感想
ニューヨークはどこでも空港並みにセキュリティーチェックが厳しくて、街全体が何かに怯えている感じがしました。 ニューヨークの人は歩くのがものすごく速くて、ついつい一生懸命速く歩いてしまうので疲れました。 大都会で冷たい感じがすると思ったのですが、人々の小さな優しさにニューヨークにいる緊張感が少しずつ... 続きをみる
1964年2月にビートルズはアメリカに初上陸しました。 そんなビートルズのニューヨークでの足跡を追ってみました。 ビートルズのセントラルパークでの写真(ジョージがいない)の場所を探したのですが この特徴的な2本の塔のあるビルと池のある場所を探して歩くと・・・ありました。 1964年から53年たった... 続きをみる
ニューヨーク旅行記ーグリニッジ・ヴィレッジ 2017.6.15.
ニューヨークに行ったら、グリニッジ・ビレッジにも絶対行きたいと思っていました。 ジョン・レノンがボブ・ディランのレコードジャケット「The Freewheelin」の写真を見てニューヨークに行きたいと思ったらしいのですが、そのレコードジャケットの場所がグリニッジ・ビレッジです。 ボブ・ディランが住... 続きをみる
ニューヨーク旅行記ーセントラルパーク(イマジン記念碑) 2017.6.14.
ダコタハウス周辺で写真を撮った後、ダコタハウス前のセントラルパーク入口から少し入った所に「ストロベリー・フィールド」イマジン記念碑があります。 記念碑を取り囲むようにベンチがあり、そこに坐って次から次に止めどなくそこを通る人が写真を撮っていく様子をずっと見ていました。 街中のむっとする暑さが嘘のよ... 続きをみる
2017年6月11日から18日、6泊8日でニューヨークに行ってきました。 夫の退職の機会を利用して、再就職までの20日間の休暇を利用して、夫と二人ニューヨーク旅でした。 ニューヨーク旅行定番の自由の女神、エンパイア・ステートビル、トップ・オブ・ザ・ロック、メトロポリタン美術館、5番街、などの他にも... 続きをみる
1980年12月を思い出そうとすると、博多駅のホームに立って電車を待つ自分の姿をまず思い出す。 駅のホームの売店に並べられた、ジョン・レノンの表紙の週刊誌を恨めしそうに睨んだ私がいる。 真っ暗な博多駅のホームに立って、しばらく睨みつけたけどジョン・レノンの表紙の週刊誌をやっぱり買った。 20歳の私... 続きをみる
リンゴ・スター アンド・ヒズ・オール・スター・バンド 福岡公演
昨日、10月27日(木曜日)、福岡サンパレス、行ってきました!! 夢のように素敵なコンサートでした。 今朝、肩から肩甲骨にかけての筋肉痛がすごかったので、(コンサートの間、頭の上で腕上げて手拍子していたため)、あぁ夢でなくて良かったと思ったくらいです。 ビートルズの曲は嬉しくて、一緒に歌えるし「A... 続きをみる
ボブ・ディランのことも文学のこともよく知らないから、何も言えないけど、何か気になるし何か嬉しいし、なぜかyoutubeでボブ・ディラン聞いてしまうし、レコード出して飾ったりするし、ついでにPPMのレコードまで出して、聴いてしまうという昨日からの私です。 ノーベル文学賞とは文学の分野において理念をも... 続きをみる
John Lennon in Central Park NYC in 1974 もし、ジョンが生きていたら、10月9日で76歳。 今日もニューヨークのセントラルパークで大勢集まってビートルズやジョンの曲をうたうんだろなぁ~。 下動画は昨年のセントラルパークの様子です。 Fans celebrat... 続きをみる
1971年、ジョージ・ハリスンは、ラヴィ・シャンカールから、バングラデシュの現状を聞かされ、バングラデシュのために何かできることはないかと考え、寄付金を集めるための慈善コンサートを企画して、当時はまだ大規模な慈善コンサートの前例がなく、ノーギャラでどれだけのミュージシャンが集まるか見当もつかない中... 続きをみる
映画を観てから数日が過ぎてようやく22日に映画を観ている間、終始涙が出続けた理由がわかり始めました。 あのジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターが自由そうに見えるビートルズが1962年デビューから1966年8月まで時間を完全に束縛され、レコーデング、フォトセッシ... 続きをみる
ビートルズの映画を観たら、早速リンゴのコンサートが待ち遠しくなってきた。 なぜかリンゴのボーカルである「アクト・ナチュラリー」が記憶の底で鼻の奥がつんとなる懐かしさで迫って来るのだった。 ビートルズに興味のない中学生の姉が「イエスタディ」が聞きたくて買ってきたレコード。1970年だったと思う。私は... 続きをみる
ビートルズの映画「Eight Days A Week」観ました!
数日前からウキウキし、何着て行こうかと考え、今朝は5時前から起きてしまい・・・気づけば映画が始まる1時間前に到着していました。 なぜか、始まってから終わるまで、目頭をハンカチで押さえ続けなければなりませんでした。 涙の理由を文章で説明できる能力が残念ながら皆無です。 大画面のビートルズ、初期のカラ... 続きをみる
2016年になってもビートルズはニューアルバムが発売され、新しい映画も上映される。 1971年、ビートルズを好きになり、早くレコード買いそろえないとレコードが廃盤になる。と思った幼い私が懐かしい。 新聞のテレビ欄を隅々まで見て、絶対にないだろう文字「ビートルズ」を探した。 動くビートルズを見たいと... 続きをみる
湯川れい子さんがこの番組の中で リンゴとポールはビートルズの全ての思いを継承していかなければならないという思いがすごく強いんじゃないか。 こんな今だからこそ、音楽の力をもう一回信じて伝えたいという思いが強いんじゃないか。 と言われていたけど、全くそのとおりだと思った。 1964年2月、ビートルズが... 続きをみる
『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』(Nowhere Boy)は2009年公開のイギリス映画でビートルズ結成前の若きジョン・レノンを描いた伝記映画である。 ビートルズに関する多くの映画のうちでは好きな映画の一つで、リバプールの美しい街並み、ミミおばさんの雰囲気、実母ジュリアの感じ、実母ジュリ... 続きをみる
Happy Birthday Ringo! I hope that peace and love spreads! 今日はリンゴ・スターの76歳のお誕生日。 リンゴの誕生日7月7日の正午に「Peace and Love」を祈ることをリンゴは提唱しています。 リンゴ・スターからコメントが到着しました... 続きをみる
何度観たかしれない、大好きな動画。 1975年グラミー賞授賞式でプレゼンターを務めるジョン・レノン。 こんな役は苦手なんじゃないかな・・と思うんだけど、ポール・サイモンもアンディ・ウイリアムスもそして会場全体もジョン・レノン・ワールドの空気に包まれる。 英語はよくわからないんだけど、 なんだか、ジ... 続きをみる
50年前の今日1966年6月29日早朝にビートルズが日本にやってきた。 1966年6月、当時のビートルズファンは落ち着かない日々を過ごしたことだろう。 そして、50年経った2016年のビートルズファンの6月も実は落ち着かない日々を過ごしている。 ビートルズ関連の本の出版、ビートルズ関連のテレビ番組... 続きをみる
ポール・マッカートニーの弟が撮った写真が載せられている興味深い一冊。 一番印象的な写真はこれ。 ポールのアルバム「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード」のジャケットにもなっている。 ポール14歳。初めて買ったギターと。お母さんの死後まもない頃らしい。 レースカーテン越しのポール... 続きをみる
Happy Birthday Paul McCartney!
Happy Birthday Paul! Thank you for everything! 今日は、ポールの74歳のお誕生日。 ジョンと違って弱音を吐かないイメージのポールだが、今までどんなに辛く苦しい時を過ごしたかしれない。 そんな中でいつも元気で前向きでエネルギッシュで私たちに元気を与えてく... 続きをみる
1963年から1964年のビートルズ。 まだ世界制覇前の未知の可能性いっぱいのビートルズは、ハンブルグ時代の魅力とはまた違った魅力にあふれる。 写真家の方は当時のビートルズについてこう書いている。 「ビートルズは自分たちの身に降りかかっていることを、まだよくわかっていなかった。」 「楽屋では普通の... 続きをみる
1980年夏頃から私はウキウキしていました。 12月に発売されるジョン・レノンの5年ぶりの新しいアルバムが楽しみだったのです。 本屋さんにはジョンの表紙の本さえ並んでいました。(この本です) 5年間、ジョンが活動休止していた間、私はとても寂しかったので、このアルバムの発売は本当に嬉しくて、それに来... 続きをみる
ハリー・ベンソン写真集 / イン・ザ・ビギニング ビートルズの写真集で1964年パリ公演から1965年アメリカ公演頃まで。 コンサート合間にホテルの部屋で曲作り そして枕投げ そしてファンレターを読む これらの写真はパリ公演の時なので1964年1月。 ジョン23歳、リンゴ23歳、ポール21歳、ジョ... 続きをみる
リンダさんの写真集。 この中に大好きな写真がある。 これは「アビイロード」のB面の「ミーン・ミスター・マスタード」と「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー」の曲をつなぎあわせるためにポールがノートに書き込んだものをジョンに見せているところらしい。 1969年のあの時期でもやっぱり... 続きをみる
1973年秋から75年にかけてメイ・パンさんが撮影した写真集。 ジョンとヨーコさんとメイ・パンさんの不思議な関係はアフリカの一夫多妻制に匹敵する理解不可能な関係で、私のような凡人には一生かけても理解できないだろう。 (ジョンとヨーコさんについては理解不可能なことが多いのであんまり考えないことにして... 続きをみる
ジョンの子供の頃から亡くなるまでの手紙やメモを載せている本。 385ページにわたりジョンの手紙が載せられている。 これは絶対ジョンは天国で怒っているはず。 誰だって自分の手紙を読まれたくない。 よくこんなに手紙が残っているはずだと驚いてしまう。 買った私も悪いけど・・・ ほとんど読んでいない。 人... 続きをみる
私が持っているジョンの本の中で一番好きなのは、 やっぱり今回軽井沢に行くきっかけとなったこの 「家族生活」の写真集です。 この写真集に収められている写真は本来公開されることを目的としないで撮影されたものでした。 プライベートだから見せるリラックスした表情が素敵です。 ジョンが亡くなった後、ジョンの... 続きをみる
ジョン・レノン関係書籍、たくさんありますが好きなものだけ紹介してみようかなと思います。 「ジョン・レノンが見た日本」 これは、ジョンが日本語を勉強したノートです。 ジョンですから絵も書いています。 その絵がかわいいのです。 くらべる かめは うさぎに くらべて おそい です うさぎは かめに くら... 続きをみる
帰ってきてから、離山房についていろいろ調べています。 元オーナー(槙野あさ子さん)さんのご主人が朝日新聞のカメラマンで、 ご主人の後輩がニューヨーク支局にいた時にヨーコさんに 先輩が軽井沢にお店を出したので寄ってください。と言ったことがあり、 それを覚えていたヨーコさんがお店に来られたとのこと。 ... 続きをみる
ジョン・レノンが1970年代後半に日本に滞在していた正確な期間
先日、軽井沢に行って、ジョンが好きだったモカソフトがある「ミカドコーヒー」に行った際に、店内にミカドコーヒーの歴史年表があり、そこには 1976年から80年まで毎年のように軽井沢に訪れて・・・ と書いてあるのですが、この1976年という欄に堂々と書いてあるのが、どうしても気になり正確な期間を調べて... 続きをみる
1977年、夏休みのお盆過ぎだったと思います。 突然の訃報が飛び込んできました。 私は17歳でまだ身近な人の死に接していなかったので、ショックでした。 エルビス・プレスリーが亡くなったのです。 そんな17歳の夏、私の大好きなジョン・レノンは日本の軽井沢にいたのです。 あのエルビスの死を知った夏休み... 続きをみる
万平ホテル玄関 鬼押出し園 鬼押出し園 見晴台 見晴台 見晴台 見晴台 見晴台(熊野皇大神社) 見晴台(熊野皇大神社) 見晴台(見晴亭) 一枚だけ、ポール。 1966年のポール・マッカートニーと2016年の娘 皇居(皇居正門前)
いよいよ軽井沢とお別れの日がやってきました。 軽井沢駅に隣接している「軽井沢・プリンス・ショッピングプラザ」でおみやげを買って、東京駅に向かいました。 今日の予定は皇居で1966年ビートルズが来日した際にポールがホテルを抜け出して行った皇居でポールが見た風景を見て同じ写真を撮ること。 そしてビート... 続きをみる
鬼押出し園 3日目は「鬼押出し園」もうこれだけを目標にしました。 「白糸の滝」と「軽井沢タリアセン(塩沢湖)」はもういいかな~と。 鬼押出し園へは西武高原バスで行くことにしましたが一日5本くらいしかなくて。 もし行かれるなら、レンタカーをおすすめします。 そう、万平ホテルの小澤さんも言ってた。 レ... 続きをみる
見晴台 万平ホテルをチェックアウトしてから、万平ホテル前から出ている見晴台行のかわいいバスに乗って見晴台に向かいました。 バスは旧中山道を通って少しずつ上り坂を走っていきました。 見晴台までの道は林の中を通っていくのですが別荘地でもあり白樺の木もありおしゃれな雰囲気でした。 中山道最大の難所として... 続きをみる
本館アルプス館128号室 案内されて128号室に入りしばらくはウキウキワクワクと写真を撮ったり動画を撮ったりしましたが、ジョンとヨーコさんのお部屋だったとしても私たちの荷物を置いてソファでごろんと横になったり、ベッドで横になっているとお家にいるみたいになっていきました。 それほどに華美な部分の全く... 続きをみる
1日目(2016.5.18.)フランスベーカリー、ミカドコーヒー
万平ホテルまで 5月18日朝6時半頃、福岡の家を出て、福岡空港(飛行機)~羽田空港(モノレール)~浜松町(JR)~東京(新幹線)~軽井沢 乗り換えのタイムロスもほとんどなくスムーズに軽井沢に13時頃到着することができました。 タクシーに乗り、「万平ホテルまで」と言うと、あっという間に夢にまで見た万... 続きをみる
2016年4月8日、夜7時頃、万平ホテルに予約の電話をしました。 娘と軽井沢にジョン・レノンゆかりの地めぐりの旅をするための宿泊先候補には、当然ジョンが常宿にしていた万平ホテルがあがるのは当然なことですが、身の丈に合わない宿で緊張しっぱなしでゆっくり休むこともできないのではないか、ドレスコードがあ... 続きをみる